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知っても楽しい「落語」の世界
今、巷では落語が人気のようです。
落語とは、日本の伝統文化でもあり、庶民にも馴染み深いエンターティメントでもあります。
この落語という娯楽。
秀逸なのは、あらすじや内容を知ってても楽しいところです。
なぜなら噺を知ってても噺家が代われば、面白さの質が変わるからです。
噺家さんは、手を変え品を変え、アレンジを加えながら、自分の色や個性で勝負します。
例えば、皆さんが聞き覚えのある「饅頭怖い」や「寿限無(じゅげむ)」。
噺家さんによって、引き込まれる度合いが全く違います。
噺家さんによって、その噺は色気が放出し、魅力を増すというわけです。
落語は、その噺を知らなくても楽しめます。
しかし、その噺を知ってることによって、演者の表現力に注視でき、凄みを感ぜずには得られないエンターティメントに仕上がる妙味が魅力的なエンターティメントなのです。
「禁酒番屋」「蝦蟇(ガマ)の油」の内容を理解して、噺家さんの妙味に震えませんか。
落語という体験で、一味違う人生の面白みを感じる旅を一緒に出かけてみましょう。
「禁酒番屋」のあらすじと魅力について
「禁酒番屋(きんしゅばんや)」は、江戸時代末期に生まれた落語の一つで、酒の販売を禁止した時代背景を背景にした話です。
「禁酒番屋」の魅力は、日本人にとって馴染む話であり、また酒の禁止というテーマは万国共通であり、現代にも通じるテーマなのです。
落語の中でも代表的な作品の一つである「禁酒番屋」。
酒にまつわるコミックタッチのストーリーは、今でも現代社会に通じるメッセージが含まれていており、多くの人に楽しまれています。
・「禁酒番屋」のあらすじ
お酒の席での不埒な振る舞いは、いつの世の中でも起こる出来事。
ある藩で藩士同士が、お酒の席で飲み過ぎて刃傷沙汰を起こします。
これを重くみた藩主は、お酒を禁止するのです。
お酒好きな藩士は慌てふためきますが、もっと慌てふためいたのが酒屋。
「禁酒番屋」を設けて、厳しくチャックするようになる藩に、何とか飲みたい藩士と飲ませたい酒屋のバカし合いが始まります。
藩内イチの酒好き近藤は今日も町の酒屋で酒を飲んでいます。
しかしこれ以上飲んだら禁酒番屋でバレてしまうので、酒屋の店主に、自分の小屋に一升届けてくれと注文を出します。
禁酒番屋を突破する方法がないものかと考えあぐねる酒屋の亭主に、番頭が色々アドバイスをします。最初は、カステラの箱、次は油の瓶に入れてと工夫しますが、ことごとく門番に見破られ、飲み干されます。
失敗続きでタダ酒を飲まれて、腹の虫が治らない酒屋の亭主は、腹いせに本物の小便を若い衆に持って行かせます。
今度も酒だと思っている門番。
飲んでみると小便です。
「けしからん、かような物を持参しおって」と怒る門番に、若い衆が「だから、小便だとお断りして」と言う。
門番 「う~ん、正直者めが」
・「禁酒番屋」の魅力とは
禁酒番屋は、上方落語の代表作品の一つであり、禁酒のテーマをユーモラスに描いた落語です。
あらすじは、噺家の表現次第でオチが下品にもつながるため、度々改良が加えられ、その妙味は現代でも通じ、多くの人に愛されています。
禁止されたら破ってしまいたくなる人間の性を、ユーモラスに描くことで、深刻な問題を軽妙に扱い、落語として昇華しています。
現代でも多くの「〜でなければならない」と言ったワードが蔓延しています。
それを如何に、工夫して余裕に変える努力が必要になっている時代なのかも知れませんね。
・五代目柳家小さんの「禁酒番屋」
五代目柳家小さんは、1915年から2002年にかけて活躍した落語家です。
滑稽噺(こっけいばなし)を得意とし、巧みな話芸と豊富な表情で、落語界の第一人者と呼ばれ、落語家として初めて人間国宝にもなった人物です。
特に蕎麦をすする芸は一級品であり、日本一であると称賛される落語家です。
「禁酒番屋」は、五代目柳家小さんが得意とした演目の一つであり、三代目柳家小さんが、上方落語から江戸落語に持ち込んだ古典落語の演目で、今なお愛され続けている演目なのです。
「蝦蟇(ガマ)の油」のあらすじと魅力について
落語「蝦蟇(ガマ)の油」は、美味しい油を手に入れた男が、蝦蟇の仙術で油を増やすことに挑戦する物語です。
この落語は、コミカルで軽快なストーリーと、独特の言い回しやまた、蝦蟇の仙術というファンタジックな要素もあり、現実世界では決して実現できない出来事を、面白おかしく描いています。
「蝦蟇の油」という作品は、そのストーリーや笑いによって万国共通の魅力を持っています。
・「蝦蟇(ガマ)の油」のあらすじ
落語の古典「蝦蟇の油」の主人公は、腫れを治し、傷からの出血を止めるという万能薬である蛙の油を売る男です。
売り上げで稼いだお金で、江戸の路上で酒に酔いしれるほどの酒好き。
ある日、両国橋の前を通りかかった彼は、蝦蟇の油の売り込みを決意し、得意の口上で聞いてる大衆を魅了するが、この酔っ払った状態がコミカルなひねりを生む結果となるのです。
蝦蟇の油の有効性を実証しようとして、彼は、カットをシミュレートするトリックを使用する代わりに、誤って自分の腕を剣でカットしてしまうのです。
血が噴き出すので、彼は必死に油を塗って止血しようとしましたが、役に立ちません。
蝦蟇の油売りは、お立ち合いに、こう聞きます。
「お立ち会いの中に血止めはないか…」
・「蝦蟇(ガマ)の油」の魅力とは
落語の演目「蝦蟇(ガマ)の油」は、主人公がガマの油という薬を売り歩く話です。
彼は口上が上手く、病気や怪我に効くとうたって売り込みます。
しかし実際にはただの油であり、効果はないのです。
この巧みに語られる売り言葉と、実際の効能とのギャップ。
表面上は、取り繕っているが本物ではないこと。
現代でも通じる風刺を落語として、魅力的に作り上げられています。
また、口の上手さで騙されてしまう人間の弱さを感じぜずにはいられない演目です。
この「蝦蟇(ガマ)の油」は、落語の代表的な演目のひとつであり、古典落語の中でも人気が高い作品のひとつです。
落語としての魅力に加えて、現代にも通じるメッセージが込められた至強の演目でもあります。
・六代目三遊亭圓生(さんゆうていえんしょう)の「蝦蟇(ガマ)の油」
六代目三遊亭圓生は、昭和の落語界を代表する名人の一人として知られています。
彼の代表作の一つが「蝦蟇(ガマ)の油」です。
「蝦蟇売りの油」は、物のガマの油の効能を、口上を蕩々と語る主人公が、大衆を騙すという内容が、この落語の魅力の一つです。
さらに、圓生の演じる主人公は、口が上手いのに騙されるという皮肉な展開も見どころの一つです。
現代でも通じる、人間の弱さや欲望についてのメッセージが含まれているとも言えるでしょう。
圓生は、持ち噺の多さでも知られており、その記憶力の良さから、右に出る者がいないと言われていました。
また、彼の口才は、古い戦前の芸人が使った言葉を日常にリアルに話すことも特徴です。
圓生の代表作である「蝦蟇の油」は、今でも多くの人に愛され続けており、彼の独特の口調や表現力が、落語としての魅力を、また一段高く引き出しているのです。
知らないと楽しめない「落語」の体験
父が亡くなる間際
私はどういう心境で
死に直面しているのかと思い
「死ぬことが怖くないか」
と訊ねたんです。すると「死ぬなんて
たいしたことじゃない。
お前らの相手をしなくて済む
と思うと気が楽だ」
なんて言うのです。
最高の遺言でしたね。「死ぬってのは
こんなものか」
と受け入れることができた。どんな場面に出くわしても
死さえ覚悟できる
心意気があれば
何てことはない。この遺言が
五代目三遊亭圓楽の言葉
私を支えてくれたのです。
落語は、知ってる噺でも、楽しめるエンターティメントとお伝えしました。
しかし、落語の魅力は、落語自体を知らないと楽しめないエンターティメントでもあります。
落語は、言葉遊び、風刺、物語の要素を巧みに組み合わせた独特な芸能であり、聞き手の笑いを誘いながら人生の教訓を教えてくれるとても奥深いエンターテイメントです。
落語家の技量や表現力に感動し、深い感動を覚えることもあるでしょう。
ぜひ、一度落語の世界に足を踏み入れてみてはいかがでしょうか。
そこに、発見と感動が待っているはずです。