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【2月は何の日】映画や歌舞伎にもなった大奥大スキャンダル・江島生島事件のなぜ?

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大奥とは、豪華絢爛なる世界です。

その世界の中を覗けば、おどろおどろしい醜悪な顔がヒッソリと見え隠れします。

2月26日は、そんな大奥の裏の顔が露呈した事件が起きた日です。

歌舞伎の演目や映画・ドラマでも度々題材となった「江島生島事件」が起こった日が2月26日なのです。

この江島生島事件ですが、どのような事件だったでしょうか。

また事件のその後なども言及していきます。

そして、この大奥の一大スキャンダルとなった江島生島事件。

真の黒幕と言われている人物もいるのです。

大奥の知られざる愛憎劇。

江島生島事件から人の業を読み取って、大奥の新たなる一考にしていただければ幸いです。

江島生島事件とは、大奥で起こった一大スキャンダルです。

江戸時代、太平の御代、7代将軍徳川家継の治世に,その事件は起きました。

事件の主人公は江島

大奥で御年寄という立派な役職の女性です。

彼女は甲府藩士の娘として生まれ、月光院付きの女中として大奥に入ります。

江島は、頭が切れる優秀な人材だったのでしょう。

奥女中として、重用され御年寄にまで、出世した女性です。

御年寄とは、大奥の実質的なトップの座であり、老中に匹敵するほどの肩書きです。

そんな江島ですが、ある日、月光院の名代として増上寺に参拝に行きます。

増上寺に参拝後、歌舞伎鑑賞に江島が女中や関係者を引き連れたのがことの始まり

歌舞伎を観劇した後、御用商人の接待を受け、気がつけば門限を越してしまったのです。

慌てて帰るも門番が玄関口を開けてくれません。

門番との押し問答の末、ようやく入ることができましたが、これが大問題になるのです。

大奥の要職にある江島が門限に遅れたこと。

門限に遅れた理由が歌舞伎の観劇であったこと。

その歌舞伎の演者が当世大人気の役者、生島新五郎であったこと。

この3点の理由により、大奥中がテンヤワンヤの大騒ぎとなり、市中に知れ渡ることとなるのです。

昔も今も口さがない世間の人々は変わりません。

数々の流言飛語が飛び交い、生島新五郎と江島は恋仲で、不倫密通を繰り返しての門限破りという一大スキャンダルとなったのです。

生島新五郎と江島は、本当に恋仲だったのか?

二人にしか判らないことですが、げに恐ろしきは人の業とよく言ったものです。

噂がその人の人生を台無しにすることは、昔も今も変わらない。

江戸幕府は、この江島生島の噂を看過し難しとみて、両名及び、観劇に参加した者数百名を処断します。

江島には、つらい尋問を。

生島新五郎や関係者には、ひどい拷問を。

結果、江島と生島新五郎の処分は、流罪となります。

最も重い処分となったのは、江島の義理の兄である御家人・白井平右衛門。

彼は江島の監督不行き届きという罪状で、極刑にあたる斬首となります。

遅刻が原因で、あらぬ噂が立てられ、本人らは追放、関係者に至っては死罪の者まで出るという何とも理不尽な事件でした。

これが大奥を揺れ動かした一大スキャンダル・江島生島事件の顛末でございます。

世間を賑わした江島生島事件ですが、江島は厳しい取り調べに対しても屈せず、事実無根と突っぱねています。

一方、生島新五郎は、厳しい拷問に耐えかね、不義密通の容疑を認めていますが、これは拷問がさぞや厳しかったのではなかったからでは、ないでしょうか。

二人とも最終的には、流罪となるのですが、その後の江島はどのような末路を辿ったのでしょう。

そして、この一大スキャンダルには、もう一つの隠れた思惑があります。

この思惑の重要な人物はというと

  • 月光院
  • 天英院
  • 新井白石
  • 間部詮房
  • 徳川吉宗

この5人の思惑が複雑に絡み合い、江島生島事件が一大スキャンダルとして、でっち上げられたのです。

では、詳しく言及していきましょう。

門限破り・遅刻に端を発している江島生島事件が、ここまで大ごとになったのは理由があります。

それは、大奥内での権力・派閥争いです。

江島は、月光院という七代将軍・徳川家継を産んだ女性の奥女中です。

当時の将軍を産んだ母ということで、大層な権力・影響力を持っていた月光院ですので、大奥や幕府の間でも主流派といっても良いでしょう。

一方で、その権勢を面白く思わない人物がいます。

前将軍・徳川家宣の正妻であり御台所でもある天英院です。

彼女は公家の名門である近衛家の姫という生まれ。

14歳の頃、3歳年上の家宣と政略結婚します。

この政略結婚という言葉、あまり良いイメージを持つことが出来ませんが、徳川家宣と天英院に関しては大変相性が良かったのか、夫婦仲はすこぶる良好な関係だったようです。

それは、家宣が長年側室を持たなかったことにもあらわれ、2人の間に子供を2人授かることが出来ました。

しかし、2人の子供は夭折し、その後、将軍を継承するという意味合いで側室を4人設けることとなりました。

そして、念願の世継ぎが生まれます。

世継ぎを産んだのは、側室である月光院。

家宣が亡くなると増上慢となる月光院は、権勢を大いに振い、やりたい放題だったようです。

正妻と愛人のような関係性である天英院と月光院。

家宣の愛情を一辺に注がれた天英院と家宣に世継ぎの道具として扱われた月光院。

人の愛憎が蠢く大奥、そんな中、天英院に恰好の機会が巡ってきます。

それが月光院の奥女中が犯した門限破りという、些細な事件です。

この事件を大きくし、不義密通という一大スキャンダルにまで膨らますのです。

月光院の奥女中の失態ということで、月光院自体の権勢も地に落ちます。

大奥は、一辺に天英院派が主流派となるのですが、それで終わらないのが天英院。

彼女のターゲットは、月光院だけではなかったのです。

次のターゲットは、愛してやまない旦那が亡くなった後も権力にしがみついている2人の政治家、新井白石と間部詮房です。

現将軍である徳川家継は、まだ幼少の身であることから、政治を思うがままにおこなう2人も江島生島事件騒動により、今までのように権勢を振るうことが出来なくなります。

そして、家継が8歳で夭折してしまうと、天英院は自身が推薦する紀州藩・徳川吉宗を将軍にします。

徳川吉宗は、将軍本家ではない御三家から初めて将軍になった人物です。

もし、月光院・新井白石・間部詮房が権勢を振い続けていたら、将軍吉宗誕生はなかったことでしょう。

この歴史的大事件に至るまでに、江島生島事件が利用され、その黒幕が天英院だとしたら、壮大な復讐劇と言わざるをえません。

天英院の心に去来したものは

旦那への深すぎる愛情があったのか

旦那が作った世界を守ろうとしたのか

それとも世継ぎが自分の息子ではなかったのなら全てを壊したかったのか。

いずれも正解のようで、正解でないような気がします。

全ての復讐を終えた天英院。

享年76歳(一説に80歳)静かに息を引き取ったという。

▲囲み屋敷▲

黙して語らずを貫いた江島、流罪・島流という処分を下されます。

流罪・島流は酷だということで月光院は除名嘆願し、信濃高遠藩へのお預け処分となります。

しかし、その生活は窮屈なもので、監獄のような「囲み屋敷」の中で、接見を許されず、食事は朝夕2回の一汁一菜のみ、他の食事は一切許されず、着るものは木綿のみ。

手紙の類も許されず、常に番人に監視される毎日でした。

その後、日がな一日読経を欠かさず、今の生活を甘んじて受けている姿に感銘を受けた高遠藩藩主は、赦免嘆願書を幕府に提出し、風化しつつあった事件でもあったのか、受理され、高遠藩内では、比較的自由に行動できるようになったそうです。

また、月光院の計らいで、江戸に戻ることが許されたのですが、その許可は固辞し、生涯信濃に留まり続けました。

比較的、自由に行動できるようになってからも、江島生島事件を語ることは勿論、大奥のことを語ることは一切なかったと伝わっています。

彼女の心に去来したものは

大奥の御年寄にまで登り詰めたという矜持か。

それとも身に覚えのないスキャンダルによる権謀術数に長けた大奥という世界への嫌悪感か。

恐らくは、その両方ではなかったのでしょうか。

享年61歳、江島は何を思い、この世を去ったことでしょう。

今でも語り継がれる江島生島事件。

大奥の中で起こった悲恋の物語として語り継がれることが多いのです。

その中でも、映画「大奥」は、特筆すべき映像美と艶のある演技が話題の大奥物。

まさに江島生島事件は、こうでなければという人々の願望が具現化された作品です。

まだ観てない方や大奥の艶美な世界に浸りたい方には打ってうけの必見の映画です。

その他にも、歌舞伎ではお馴染みの演目でもありますので、少しでも興味がある方は、観劇してみてはいかがでしょうか。

また、テレビでも大奥は、今でも人気の物語ですので、そちらもチェックしてみては。

男女逆転の人気大奥シリーズもありますので、今後も手を変え、品を変え、大奥物は、世に語り継がれていくことでしょう。

▼歌舞伎の記事は▼

▼大奥の世界が拡がる大奥物の代表作▼

江戸幕府を一言でいうと「守る政治体制」です。

その中で将軍を継承していく世継ぎが最も大事であり、その世継ぎを育む組織である大奥が政治の中心であったのです。

江戸幕府において、大奥が影響力を増していき、政治に介入していくことは当然の帰結であったのでしょう。

その中で、さまざまな確執や権謀術数が行なわれていたのは、言うまでもありません。

最初は小さな綻びであった江島生島事件。

その綻びを見逃さなかった天英院。

大奥とは、いかに豪華絢爛で、そして醜悪な世界であったのか。

壮大な復讐劇でもあり、悲恋物でもある江島生島事件。

それが起こったのは、2月26日です。

まだまだ寒さ厳しい日が続く2月ですが、大奥シリーズを見て、人間の業に触れて、心身ともに寒さを体感してみてはいかがでしょうか。

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