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【遅れてきた天才】鴨長明が試みたグレート・リセットとは

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歴史
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社会の変革と人生の意味と~「方丈記」の役割

「グレート・リセット」

これは世界経済フォーラムが打ち出した、これからの経済でのテーマといったところです。

我々が生きている社会は、様々な経済上や環境上の危険にさらされています。

最も考えさせられた出来事といえば、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の世界的な流行でしょう。

このパンデミックにより、世界中のあちこちで貧困の差が激しさを増し、不安定な経済から雇用の機会を失いました。

また環境汚染による地球温暖化、従来のエネルギー資源の枯渇など、個人レベルでも考えなければならない出来事が増えています。

今までの社会の価値観や労働に対する生産性は、コペルニクス的な視点に立たなければならない時代となったのです。

「グレート・リセット」とは

社会システムを一旦白紙にし、ゼロから考えてみるといった意味です。

そのような考えに至る日本人が、過去にも出現していたのです。

遅れてきたラストグレイテストマン・鴨長明。

彼が生きた時代、彼は無価値で無用、落ちこぼれ、生産性の欠片もないと周囲からバカにされていました。

鴨長明は、その時代に照らし合わせた評価とは、無縁の男でした。

彼が残した「方丈記」

後の世に、大きな影響を残した文学的評価の高い随筆です。

この方丈記に至る鴨長明の生き方・考え方こそが、現代の時代に必要なグレート・リセットの考え方になるかも知れません。

個人レベルでの「グレート・リセット」を確立し、鴨長明の生き方をヒントに、これからの人生を考えてみませんか。

「方丈記」と「グレート・リセット」~鴨長明が語る社会の変化

「方丈記」と「グレート・リセット」

どちらも社会の変化について語っているという共通点があります。

「方丈記」は、平安時代後期に登場した随筆で、人々の生活は自然に帰っするというメッセージと自然に帰っすることの恍惚と不安や懐疑を自らの生活に照らして見事に表しています。

一方、現代ではCOVID-19の影響で地球規模が大きな変革を迎えており、「グレート・リセット」と呼ばれる新しい社会の在り方が模索されています。

しかし、高度の文明社会に至る現在において、単純な自然生活を構築することは不可能に近く、在り方自体を考える必要があります。

鴨長明の「方丈記」でも現代の問題点でもある人間の生き方や社会のあり方について深く考えることができます。

「方丈記」は、変化に対する人間の考え方や意識の変化について、重要な示唆を与えてくれる作品であり、これからの生活を模索する指針でもあるのです。

・方丈記とは

「方丈記」とは、その時代に起きた天災・政治・世情など目まぐるしく変化する乱世に生きた経験から自分はどのように生き抜いたかを書いた体験記でもあり、心構えを綴った自己啓発の書でもあります。

「方丈記」は、前半・後半のパーツに別れ、前半では世の中は変化するもので絶対のものはないとしています。

具体例的には、安元の大火、治承の竜巻、福原への遷都、平安遷都、養和の飢饉、疫病の流行、元暦の地震などの天災・政治不安など現在でも起きている事象に対する体験記。

後半では世の中の不条理さや自分の無意味さを感じ出家して、日野山に建てた4畳半くらいの小さな住まいである方丈庵で余生を暮らすことや心を煩わさない静かな生活について綴っています。

仏教の無常観という思想は、世の中は変化するのが常だから、あるがままに受け入れるといった意味でしょうか。

方丈記には、この無常観が徹底して貫かれた作品です。

しかし鴨長明は、世界は、何もかも致し方ないのは致し方ないとして

自分の人生は自分が望んだことなのか。

これが快適だと思った生活なのか。

方丈記は、人間らしい煩悶と後悔に満ちている部分があるところが魅力なのではないでしょうか。

・グレート・リセットの身近な例

世の中の仕組みやルールは目まぐるしく変化し、今後、天然資源に代わる再生可能エネルギー利用や所得の再分配などに関わる立法や政策が実施されるかも知れません。

また最近では、デジタル革命によって身近になったICT技術やビックデータの活用などが話題となっています。

例えば、ビデオ会議やチャットシステムによって自宅ワークが可能になりました。

また、データや機械を利用した会計システムの活用やChatGPTの導入など、より便利な世の中になりました。

さらに「オンライン診療」なども受診しやすくなり、遠隔地でも自由に受けることができるシステムが構築される未来がやってきます。

「落ちこぼれの天才」鴨長明が示す未来~脱成長社会とサステナビリティー

世間の評価は、後からついてくる

無用・無価値・不適合者

当時、鴨長明に評価は、そのような評価だったでしょうか。

しかし、時を経て鴨長明の評価は、類稀なる才能の持ち主、ミニマリスト、後世に名を残すような随筆家、脱成長社会の成功者など、一転するのです。

鴨長明の胸に去来したものは、一体何だったのでしょうか。

鴨長明の人生を振り返ってみます。

・鴨長明の人生

鴨長明は、名門神社の神官の子供という恵まれた環境で生まれたエリートでした。

しかし、両親を亡くしてから人生は暗転します。

孤児(みなしご)として生きていくことになった鴨長明は、何度も挫折を味わいます。

30歳で離婚を経験し、親の相続争いにも敗れ、出世の道も遠ざかる人生でした。

そんな鴨長明ですが、音楽と和歌の才能に恵まれ、歌合への参加、千載和歌集への採用など頭角を表すかのように見えました。

しかし、生きがいと感じていた和歌でも、親族に邪魔され日の目を見ることはなかったのです。

人生の意味を考えだした鴨長明は、出家し、小さな庵「方丈庵」で余生を過ごしながら、執筆に勤しみます。

「方丈記」は、失敗の連続であった鴨長明の心の叫びでもあり、世の中の無情を語り、諦念を持って生きていくことを綴る行動宣言でもあるのです。

この経験から得たものが、人々に心を打つ書物となり評価されるとは、人生とは何と皮肉なものであるかを感じ得ずにいられません。

・鴨長明にみる人生の意味・生活の意味

鴨長明は、62歳で亡くなります。

鴨長明が残したものは、随筆だけではなく、数々のパイオニアとして、現代に生きる人の可能性を示唆したのです。

「方丈記」は、生々しい描写をした震災のルポルタージュでもあり、ライターとしての可能性を広げてくれます。

そして、マルチな生き方もしたことも見逃せません。

 

鴨長明が山中に結んだ住居「方丈の庵」は、5畳程度の狭さであり、余計なものは置かないミニマリストの生活です。

また隠棲したとはいえ、和歌を都に時々送っていたことを鑑みると、リモートワークの体現者でもありました。

人里離れた庵で、環境に配慮した生活は、SDGsの理解者であり、経済に依存しない生き方は、脱成長社会・サスティナブルな社会の理想系です。

このように、鴨長明は、現代が直面している価値観や経済の仕組みをゼロから考えるといったグレート・リセットの考えを、数百年前におこなった人物なのです。

鴨長明が現代に伝えたものとは

ゆく河の流れは絶えずして、しかも、もとの水にあらず

鴨長明

鴨長明の人生は、その当時の価値観からすると、惨めそのものだったかも知れません。

しかし、現代の価値観では、素晴らしい人生だといえます。

世界は、当然のように変化し続け、そこに生きている人の価値観も変化します。

今の価値観が全てではないこと。

無価値に思えていた出来事や失敗の経験は、どこかで価値のあるものに変化するかも知れません。

そういった意味でも、鴨長明の人生を勝ち負けで判断するならば、価値のある勝ちだったのでしょう。

鴨長明が記した「方丈記」は、時代の弱さとは強さの種でもあることを雄弁に語った随筆なのではないでしょうか。

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