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【中世の日本史】室町時代の曖昧さが平成時代に似ている!

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歴史
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室町時代は印象に残らない

室町時代は、何だか気まずい時代です。

大河ドラマ、歴史小説などで、室町時代を描いたものは数えるほどです。

京都を題材にするのなら、幕末や平安時代の方が華やかで雅やかです

人物を題材にするのなら、戦国時代の比ではないでしょう。

結局のところ、室町時代が扱われない理由は、不透明さであり、混沌さであり、流動性にあるのでしょう。

己の私利私欲のみを追求し、罪や責任には無頓着だった為政者。

武家社会を踏襲しただけの守護制。

これらが相まって、戦国時代に突入する時代が室町時代なのです。

平安時代のように公家文化の芸術性に富んでいた訳でもなく、鎌倉時代のように武士の意思をもって成立した訳でもない室町時代。

あまり印象に残らないとされている室町時代とは、どのような時代だったのでしょうか。

室町時代とは、どのような時代なのか?

室町時代は、鎌倉幕府の政情不安から発展し、室町幕府に至るのですが、明確な意思を持って樹立した幕府ではないのです。

鎌倉幕府は、財政圧迫から徳政令という法律を作ります。

徳政令とは、簡単にいうと御家人の借金を帳消しにする法律のことで、貸し倒しのような法律です。

そのことで、御家人は新たに借金をすることが出来なくなり、貸した高利貸しは、幕府に不信感を募らせてしまった法律です。

誰が得になるのか分からない新法は、現代でも起こっている現象ですが、徳政令に起因して室町幕府が樹立することとなるのです。

室町幕府の成立と室町時代で活躍した人物をご紹介いたします。

・室町時代の成立

鎌倉幕府は、元寇による財政圧迫や徳政令などにより、屋台骨が揺るぎます。

そこに後醍醐天皇の政治思想に共感した新田義貞楠木正成足利尊氏らが鎌倉幕府を討幕します。

ここで後醍醐天皇を中心とした世界である建武の新政が樹立します。

しかし、建武の新政は、貴族中心の政治であり、実際に戦った武士には恩賞がありません。

武士の不満がたまったところで、リーダーとなるのが足利尊氏です。

足利尊氏は、天皇方の武将を次々と倒し、ついに室町幕府を樹立するのです。

しかし後醍醐天皇は、奈良に「南朝」という新しい朝廷を作り、しばらく朝廷が2つ存在する期間があるのです。

これを「南北朝時代」と呼びます。

南北朝時代は、3代将軍である足利義満の時代まで続きます。

室町幕府は、平安時代の貴族文化と鎌倉時代の武家政治を融合した折衷幕府です。

武家文化の守護制を取り入れ、貴族文化を更に進化させた芸術や建築が特徴的です。

一方で庶民の暮らしは、幕府の文化的な生活や守護による支配により、苦しい生活が続きます。

室町時代は、一揆が最も多発する時代でもあるのです。

室町時代とは、文化が進むことで利己的、選民的な思想に陥り、退廃した時代であったとも言えるでょう。

後の「下剋上」につながり、長く戦乱が続く「戦国時代」になるのです。

・室町時代の有名人

あまりフォーカスされない室町時代の人物ですが、室町時代に最も輝いた人物をご紹介いたします。

・足利尊氏

足利尊氏は、室町幕府を築いた将軍ですが、その性格は厭世的で優柔不断な性格であったとされています。

目立つことが嫌いな尊氏ですが、リーダーとしての資質があったのでしょう。

時には負け戦などを経験しますが、最後は戦いに勝利します。

室町幕府の運営は、専ら弟の足利直義高師直が執り仕切ったと言われています。

お飾りの将軍といった感じでしょうか。

しかし、大物感やオーラがある尊氏がいたからこそ、室町幕府は樹立できたのでしょう。

一休宗純(いっきゅうそうじゅん)

一休さんで有名なトンチ坊主です。

時は足利幕府全盛の足利義満の頃の人物です。

この頃の室町時代が最も優美で、文学・建築・美術など最も盛んであり、北山文化などと評されています。

優等生のようなイメージが強い一休さんですが、実際は型破りな僧侶で、肉食・飲酒・女犯など戒律を破る僧として有名でした。

これには、当時の僧侶が幕府の庇護の下、裏では好き放題の偽善に満ちた姿勢に対する警告を自ら行動で示したとも言われています。

・観阿弥・世阿弥

能を芸術文化にまで高めた親子です。

能は、日本の伝統文芸として「狂言」と共にユネスコ無形文化遺産に認定されている芸術です。

その元を作ったのが、観阿弥・世阿弥です。

能は、元々、猿楽(さるがく)という一般大衆芸能でしたが、改良を加えて人気になりました。

それを足利義満が鑑賞し、ひどく感動し、観阿弥・世阿弥のパトロンとなるのです。

世阿弥は、特に能の芸術性を高めたと言われ、現代にも受け継がれる芸術に至ったのです。

・日野富子

日本三大悪女といえば、北条政子と淀殿、そして日野富子です。

傾国の美女といったところでしょうか。

彼女が原因で、応仁の乱が始まり、戦国時代に突入したと言われています。

実子を将軍にするべく、様々な手段を選ばないやり方が悪い印象を与えた感がありますが、悪い母親は子供想いの強い母親でなければならない典型的な女性です。

実の息子には、母の想いは伝わらなかったようですが。

・現代にも受け継がれる文化

室町文化は、南北朝文化・北山文化・東山文化の総称であり、特に建造物は「書院造り」と呼ばれ、現代でも観光客が絶えない名スポットとして、人気を博しております。

その他にも、前述した観阿弥・世阿弥が興した「能」や「茶の湯」、「生花」、「水墨画」など、平安時代とは、また違った趣きの芸術が発展した時代でもあります。

金閣寺に代表される豪華な北山文化から枯山水に代表される陰影のある東山文化は、その時代を象徴している人の心の表れではないでしょうか。

室町時代は、繁栄と衰退が交錯する暗い時代と言えるのでしょう。

・庶民にとって室町とは何だったんだろう

室町時代は、一見して文化的で雅やかな時代ですが、その実、庶民は幕府にも税を、守護代にも税を過重に支払わされた不条理な時代です。

何も守ってくれない幕府にも守護にも見切りをつけた庶民は、不平等が悪ではないことを知り、社会全体が利己的な空気に変化したのです。

政治には頼らない独立心が芽生え、自分さえ良ければの気持ちを持たないと生活できない考えに至る。

こういった考えが全体に浸透し、長き戦乱の世になってしまうということでは、ないでしょうか。

室町時代は平成時代とよく似てる

室町時代は、新しい文化や文明が産声をあげ、人々の生活を豊かにするかのような期待に満ちた時代でした。

しかし、過度な重税や政情が常に不安定な現状から、人々は退廃した考えに至ってしまう時代となってしまうのです。

時を超えて、平成時代も同じような現象に見舞われてしまった時代です。

約30年続いた平成時代は、バブル景気から始まり、技術的には携帯電話やパソコンの普及で、現代の当たり前の基盤を作った時代でした。

また団塊ジュニアと言われる若者を中心にポップカルチャーの隆盛を極めた輝かしい時代でもあります。

しかし、消費税の導入を日本で初めて導入した時代でもあり、バブル崩壊後は経済の著しい落ち込みから人々の暮らしやマインドは、徐々に閉塞感のある荒んだ時代へと突入したのです。

日本の少子化が進んだのも、バブル崩壊後の平成時代から始まったとされています。

このように、どこか室町時代に背景が似ている平成時代とは、どのような時代だったのかを少しまとめてみました。

・失われた20年

2007年のリーマンショックやバブル崩壊後の経済成長が著しく低下した期間を「失われた20年」と呼ぶことがあります。

消費税の導入により消費指数が下がり、社会保険の充実に見立てるわけでもなく、多くの労働意欲や消費意欲を下げてしまった時代。

その結果、非雇用労働者が増え、少子高齢化が進み、老後も安定した生活ができなくなるといった現代の課題を多く残した時代なのです。

当時を支えていた団塊ジュニア世代が、これからも被害を被るといった事態を招くことになるのです。

また世界的な大不況の原因となったリーマンショック以降、世界の主導者たちは、こぞってグローバリズム化を提唱し、日本の主導者も、この波に乗ります。

グローバリズム・グロバリゼーションは、言ってしまえば自由化です。

この政策により、産業の支点を海外に置き、現地の従業員を低賃金で雇いいれ、安価な商品を提供できることが可能となりました。

また現地の雇用拡大にも貢献でき、その国の経済を潤すことができるようになりました。

・グローバリズムのデメリット

世界各国でのグローバリゼーションは、新たな問題を発生させます。

企業が海外に支点を置き、現地の労働力を頼むことで、更に失業率を高める結果になったり、産業の空洞化を生む結果になったりとデメリットもあります。

英国のEU離脱やアメリカの貧富の差が、その実例でしょう。

日本もグロバリゼーションの歪みがいつ起きるか分からない状態に近づいているのかも知れません。

室町時代においても、グロバリゼーション化をおこなっております。

それが、日明貿易と言われる自由貿易です。

倭寇という密貿易者と区別するため、勘合符を用いていたことから「勘合貿易」とも言います。

自由貿易ですが、朝貢姿勢をとっていた室町幕府は、明に隷属する形ですので、1つの物に対して3倍返しの貿易です。

この貿易で得た利益により、足利義満の室町時代は最盛期を迎えることが出来たのです。

・庶民にとって平成とは何だったんだろう

特に団塊ジュニアにとっての平成は、バブル景気の恩恵をあまり受けず、その後の経済政策や重税、今後の社会保障にも恵まれない、非正規雇用者層が多くなった報われない時代となりました。

不平等であることが悪ではないことを改めて知った時代と言えるでしょう。

政府には頼れない世代が、これからどう生き抜くべきかを今から考えなければ、生活できない転換期。

室町時代のような転換期において、文化的でもあるが流動的で退廃的な時代。

それが庶民にとっての、平成という時代なのではないでしょうか。

室町時代が残したもの

室町時代は、数々の事件や文化が発生した時代です。

・建武の新政

・南北朝時代

・北山文化・東山文化

・能・茶の湯・水墨画などの文化

・勘合貿易など

また足利尊氏足利義満一休宗純日野富子など、魅力的な人物もたくさんいます。

しかし、世の中は暗い方向に向かってしまった不幸な時代でもあります。

その後、戦国時代に突入し、決して明るい将来があるとは言い切れない時代となりました。

独立心を持ち、欲望に忠実な室町の人々は、タダでは転ばない逞しさを持って、時代に立ち向かっていきました。

室町時代の人は、どう生き抜くかを考え続けて、答えを自ら出し続けていたのでしょう。

今の時代に息吹く我々も、自分で答えを求めて、出し続けていく姿勢が大事なんだと改めて気づかさせられます。

人生も社会も不平等であることは、決して悪いことでもないのでしょう。

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